月の庭で見た夢を

ニコッとタウンでひとりごと。

異世界からの便り

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(2020-01-17)

年始が訪れる度に、記憶の彼方に沈む遙かな時代から葉書が届く。
いつの日か確かに存在していた風景の中で、
確かに生きていた私と彼、彼女。相互を繋いだ友情。

年賀状は過去に生きた自分の証なのだ。
受け取っているのは今の私ではなく過去からやってきた私。
だから私はちょっと遠巻きな気持ちで年賀状を遠ざける。

「そのうち会いましょう」なんて言っても会わないし、
「近くにお越しの際は連絡を」なんて言っても連絡しない。
今の私は過去の私ではなく、過去の私を好きかどうかもわからない。

あの学び舎で過ごした日々から30年も40年も過ぎてしまった。
そして私は別人になってしまった。
大好きだったことにも興味を失い、違うものを追いかけている。

お正月に届く異世界からの便りを見るために帰ってきた過去の自分は、
ひととき居心地悪そうに座って、すぐに消えていった。
過去の私が嫌いだった生き方を、いつのまにか歩んでいる。

 

歳々年々人同じからず

神代の図書館と星の導き手(2019-09-05)

神代の図書館と星の導き手(2019-09-05)

小さかった頃。
いつも東京の従姉から届くお洒落なお下がりの服が楽しみだった。

今年はシンデレラみたいなあの服,着られるかな?
わくわくしながら試着する。
あぁだめだ。まだ大きすぎる!

今年はどうかな?
まだちょっと大きいけど着ちゃおう!

ぶかぶかの服が持つ余白は未来への夢。
ピッタリ着られる日は大人へ一歩近づく日。
余白は幾らでも楽しみに変わっていった幼い日。

未来が未知なのは今でも同じ筈なのに,
あの頃のように何もかもを新鮮に感じるのは難しい。
あの頃と変わらない空を見上げ,
あの頃のようにワクワクしない自分を悲しく思う。

その代わりに得たものは,
昔持っていたそんな心を思い出し感傷に浸る術。


10月に入るといつの間にか消えてしまう蝉のように,
消えてから気がついて,
ちょっともの悲しい気持ちで懐かしむ。

 

どうしようもなく鳥が好きで

ようこそ ことりカフェ

ようこそ ことりカフェ

ほんの小さな子供だった頃から鳥が好きだった。
幼稚園のお絵描きでも必ず小鳥を描いていた。

嘴ってどうなっているんだろう。
翼ってどうなっているんだろう。

小鳥を飼ったら肩に乗ってくれるかしら。
羽ペンが作れるかしら。

 

親にねだってねだって
やっと飼えることになった十姉妹。
たくさん増えても慣れてはくれなかった。
でもみんなとても可愛かった。

 

近所の小鳥屋さんへ
お小遣いを握りしめて買いに行った文鳥の雛。
可愛がって可愛がって育てたのに
私の不注意でたった3ヶ月で死なせてしまった。

今でも思い出すのが辛いほど
一方的に私が悪い事故だった。

 

それから3年
もう一度だけ鳥を飼うことにチャレンジした。
鳥が好きで好きで、鳥がいる生活を諦めきれなかった。

お年玉を貯めて買った九官鳥。
よく懐いてくれた。
私がエレクトーンの練習をすると
いつも一緒に歌ってくれた。

だけど半年で死なせてしまった。
ネットもなかった昔、
正しい飼い方を得る方法がなかった。
寒さにやられ病で逝ってしまった。

 

文鳥のこと九官鳥のこと
思い出すたびに泣いて泣いて
でもどうにもならなくて、また泣いた。
涙は天国の彼らに届かない。

 

子供時代を共に過ごした鳥はこれで終わり。
もう失うことに耐えられなかった。
そうして大人になって最後の鳥を迎えた。

オカメインコ
インコやオウムは寿命が長い。
自分の年齢を考えると最後の機会だと思った。

 

そのオカメインコはもうすぐ16歳。
オカメインコの飼い方を色々調べ勉強し、
1年をかけて迎える子を探した。
会った瞬間にこの子だと思った子だった。

一日でも長く一緒に時を刻めますように。

天国にいるかつての愛鳥たちを想いつつ
今日もオカメインコ
かけがえのない一日を過ごす。

 

花火の夜は一人で

ドキ☆ドキ SUMMER NIGHT IMPACT

ドキ☆ドキ SUMMER NIGHT IMPACT

沢山の場所に住んだから
色々な花火を見てきたなと思う。

で、いつ見た花火が一番心に残っているかと考えると、
毎年一人で見ていた地元の花火だ。

実家から歩いて行ける距離の、
地下水が湧き出る川縁。

そこが幼い頃から私が地元を出るまで、
毎年の花火大会会場だった。

幼かった頃は、親や祖母に連れられて。
中学生から高校生の頃は、一人で。

大学生になって地元を離れても、
花火大会の日付に合わせて帰省し一人で見た。

今時のアニメのように、浴衣を着てとか、
好きな人や友人と一緒になんて一度もなかった。

いつも一人。
心地よい破裂音を聞きながら無心に見るのが好きだった。

そして花火が終わって、
その年の流行歌が流れる会場を一人で去るのが好きだった。

それは私の中の儀式だったのかもしれない。
花火から去りながら未来の自分へ向かって歩いていた。

そんな気がする。
一人で歩く必要があったのだ。

 

哀しい金魚の想い出

金魚と朝顔の夏

金魚と朝顔の夏

もう20年も前の夏のこと。
京都祇園祭宵山の午後だった。

四条通から室町通りを少し上ったあたりだっただろうか。
電柱から出た杭に、2匹の金魚が釣り下げられていた。

金魚すくいで採った金魚を
連れて帰らずそこに捨てたのだろう。

午後の太陽が照りつけ、
おそらくビニール袋の中の水温は上昇の一途。

自分たちの運命を知っているのか知らないのか
2匹の金魚は袋の中をぷくぷくと静かに泳いでいる。

私は悲しくて悲しくて涙を抑えるのがやっと。
心臓が止まるほど胸がキリキリ傷んだ。

この子達を連れて帰りたい。連れて帰りたい。
あぁたぶん見捨てて帰ったら一生後悔する。

だが金魚を飼える環境を私は持っていなかった。
それを作ることもできない環境だった。

だから私は今もあの子達を思って苦しんでいる。
2匹の金魚の姿が脳裏から離れない。

飼えないなら、どうか金魚すくいをしないで。
お願いだからそんな捨て方をしないで。

 

おじいちゃんの家で夏休み

おじいちゃんの家でなつやすみ

おじいちゃんの家でなつやすみ

秋田のおじいちゃんの家は瓦屋根つきの立派な門構え。
玄関の広い土間はひんやりしていた。

着物に割烹着姿の祖母はいつも台所にいて
従弟たちが家の中を走り回っていた。

遠くから来る私や妹のために
祖父はいつもサイダーと西瓜と桃を
たっぷり用意してくれていた。

従弟達と西瓜の面白い食べ方を競ったり
サイダーに浮かぶストローで遊んだりが面白かった。

早朝の庭で、祖父に摘み方を教えてもらいながら
大きく実ったトマトを摘み取った。

みんなで河原へ鍋っこ遠足に行ったし、
必ず泊まりがけで男鹿半島まで海水浴に行った。

祖父も祖母も私が就職する頃に逝ってしまい
楽しかった夏休みのお礼も言えなかった。

天国でもう一度会えれば良いのに。

 

遠い夏の日のこと

Sea Opening(2019-07-11)

Sea Opening(2019-07-11)

夏の陽射しの中で思い出す
遠い夏に失った友のこと

心が幼かったから
心が盲目だったから

失って沢山の時を経て
無益な悔いを空に透かす

あなたは魅力的だった
あなたは私の友だった

擦れ違っても
もう分からないね