月の庭で見た夢を

ニコッとタウンでひとりごと。

モモヨ先生とゆで卵

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幼稚園の頃、イースターの日は楽しみだった。
園長先生が綺麗なゆで卵を渡してくれたから。
ウサギやヒヨコの絵がついた可愛いカードと一緒に。
クリスマスと共に特別な日だった。
 
園長先生はもう30年も前に天国へ行ってしまったけれど
私は幼稚園でもらったカードを今も持っていて
たまに園長先生のことを思い出す。
沢山の人と出会って別れて生きてきたけれど、
不思議と園長先生のことは忘れない。

 

(2018/04/04)

 

メイド服はメイドさんの戦闘服

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ベッドを整えるとか365日繰り返しで本当に心から飽き飽き。
新鮮な気持ちで毎日こういう作業を楽しむためには,
素敵なメイド服とか猫耳が必要である,という気がする。
 
まぁ狭い我が家でこんなスカートじゃ,あちこち引っかかって,
狭いところを通るために体を捻って腰を痛めたりしそうだけどorz。

 

(2018/02/15)

 

お星さまになる世界

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「死」の表現全てを「お星さまになる」で表すことが義務となった世界。
「一緒に死のう」→「一緒にお星さまになろう」
「交通事故で亡くなりました」→「交通事故でお星さまになりました」
「殺すぞ」→「お星さまにするぞ」
「核爆弾で皆殺しだ」→「核爆弾でみんなお星さまだ」
「お星さま」は「死」より怖くなくて,だからみんなお星さまになってしまったそうだ。
 
「お星さまになる」って言葉,私は比較的聞く機会が多い。
オカメインコを飼っていて,自然とペットを飼っている人の話をネットで読む機会が多いから。
ペットが死ぬのは悲しい。けれどペットが飼い主より長生きしたらそちらの方が悲惨。
それをみんなよく分かっていて,
いなくなったペットのことを「星になった」と表現し,心に折り合いをつけている…
のだと思って読んでいる。いつか自分にも訪れるその日を恐れながら。
 
ペットもそうだが,親しい者の死を「お星さまになる」と言えば
もう二度と会えない事実は変わらなくても,確かに何かしら救われた気になれる。
でもそれを地球規模で外交問題にまで適用するとここまで意味合いが変わってしまうとは。
大量破壊兵器だって大量お星さま発生装置。みんなお星さまにされるだけ。
それほど怖いことでもないイメージになってしまう??
目からうろこだった。恐るべし言霊。

 

(2018/02/07)

 

節分は豆撒きの日です

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太巻き寿司がまだ関西独特だったころたまたま京都に住んでいて
会社のお昼で「今日はお寿司食べる日でしょ」と言われて「????」と思った。
今やいったい何って感じの世の中になってしまったけど,豆撒きの日。
ところでラムちゃんを思い出すね。

 

(2018/02/03)